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中央ヨーロッパの旅(3) プラハ

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私たちが歩いたプラハ

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朝ホテルのある新市街から
ヴルタヴァ川を渡って旧市街に向かいます。

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走る車を見るとなんか時代を感じます。

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旧市街全体は世界遺産に登録されています。

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落書きはほとんどなく、とてもきれいな街です。

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建物の上に立つ聖人像たち
写真は残っていませんが、
新市街の建物には労働者・軍人の彫像がいっぱい
社会主義時代の名残がまだたくさん残っていました。

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双塔のティーン聖母教会ゴルツ・キンスキー宮殿

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旧市街広場
美しい真っ白な聖ミクラーシュ教会

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左:旧市街庁舎の天文時計
真ん中:ロシア軍と戦った時に使用された火薬塔
右:カレル橋の旧市街塔

SOGOのからくり時計を連想して見ていたら
ちょっと物足りない感じでしたが、
600年も前に造られた物だと思うと実に凄いです。

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上の天文時計は天動説に基づいて造られていて、
骸骨は死神、楽器を持った男は煩悩、
鏡の男は虚栄、金袋の男は欲望を象徴しています。

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下の歴版は12の星座と農耕生活の風景が描かれています。
4つの彫像は歴史記録者、天使、天文学者、哲学者を表しています。

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ヴルタヴァ川 エルベ川の支流
ザクセンのスイス、ドレスデンマイセン、ハンブルクを流れ、
北海に注ぎます。

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1357年に建てられた カレル橋 を渡ってプラハ城に向かいます。
橋の上には30の聖人像が並んでいます。

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慈愛・哀み・悲しみ ピエタ像(1859年)と
プラハの殉教者聖ヤン・ネポムツキー(1683年)

今写真を見て思い出しました。
橋を渡る時にガイドブックを片手に、
30もの聖人像を一つずつ見ながら、その説明を読みました。
渡り切ったところ、あれ?2つ余ってるぞ!
いつの間にか全部ずれていました

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プラハ城

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お城へ続く坂道

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両側にはお洒落なお店やレストラン、カフェが並び
店のシンボルマークを探すのも結構楽しいです。

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9世紀から14世紀にかけて建てられたプラハ城
現在も大統領府として使われています。

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この後、右の人は足が滑った

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聖ヴィート大聖堂
建てはじめたのは926年
11世紀にロマネスク様式に建てられ、
14世紀に現在のゴシック様式になりました。

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黄金の小路
元々城の衛兵の宿舎でしたが、
ルドルフ2世の錬金術師たちがここで不老長寿の薬を作っていた噂から
黄金の小路と呼ばれて来ました。

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王宮の石畳みの修繕をする職人

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ストラホフ修道院
チェコにおける最も美しい修道院で、13万冊の蔵書が保管されています。

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18世紀に造られた「哲学の間」
本棚に5万冊の本が詰まっています。
この重厚感が・・・

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「神学の間」

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名曲「わが祖国 ヴルタヴァ」を聴きながら♪
プラハ城から眺める美しいプラハの町

個人的な偏見も入っているかもしれませんが、

ブダペストの街並みと人々の考え方には
まだなんとなく社会主義時代の名残が残っていて、

ウィーンは西側ですから綺麗に保全されているのは当たり前、

一方プラハの美しさはたまたま残ったものではなく、
まさになにもかも破壊する旧ソ連の支配から
自分たちの町を懸命に守る人たちの苦心と努力の結晶、

三ヶ国を回ってなんとなくそう思いました。

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ヴァーツラフ広場
1968年プラハの春、1989年ビロード革命等
時代の変化と社会の変革を見つめて来たこの広場は
今ホテルやデパートが並ぶ繁華街になっています。
ソ連戦車がここに登場したのも遠い昔のことのように・・・

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プラハの春の英雄
1969年1月に焼身自殺した大学生ヤン・パラフ

「必要なのは重さであり、重さのあるものだけは価値を持つのである」
チェコ人作家ミラン・クンデラの小説
「存在の耐えられない軽さ」の言葉
プラハの町こそ、プラハの人々にとって必要なものであり、
重さのあるものですね。


プラハのユダヤ人地区もいろいろと考えさせられる場所でした。
チケットを購入するとほとんどのシナゴーグと施設に入れます。

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左:セレモニーホール ユダヤ教のお葬式の様子が展示されています。
右:マイゼル・シナゴーグ

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ユダヤ人墓地
ユダヤ人は他の場所に埋葬できなかったため、
場所によって10もの棺が重なって埋められています。

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真っ白な壁に刻まれているのは、
ナチスに殺害されたユダヤ人たちの名前だけではなく、
忘れてはいけない歴史でもあります。


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ところでプラハではビールは水よりも安いのです♪
幸せな夕食♪

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翌朝ホテルの部屋から見た朝焼け

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なんと静かで平和な朝でした。

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プラハ空港
空路でイタリアに向かいます。
ここでなんとなくいやな予感が・・・
それはまた次回書きます。

つづく


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