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ベルリン(1) THE STORY OF BERLIN

20140720P1010393_m.jpg初めてベルリンを訪れた時はドイツワールドカップ開催前の年、もう10年前のことですが、町中のあちこちで工事をやっていました。南ドイツの童話のような世界と一味違って、ここベルリンは廃墟から再建され、さらに東・西ドイツの分断・合併を経て、今斬新な姿でヨーロッパの中心に君臨しています。私たちはすっかりその躍動感と活力に魅了されました。
残念なことに、以前使っていたメーカーSのパソコンが数々の思い出と共にあの世に行ってしまったので、今は最後に訪れた時の写真しか残っていません。

私たちの旅はここ
THE STORY OF BERLIN
から始まりました。

THE STORY OF BERLIN はベルリンの歴史を紹介する博物館、最寄駅はUバンのUHLANDSTR (地図②)。
ホームページ
http://www.story-of-berlin.de

ショッピング街の中にありますが、入り口にはベルリン空輸に使われた米軍C-54輸送機の翼が飾られていて、見つけやすいです。
20140720P1010289_m.jpgベルリン空輸:戦後米ソの対立が激化する中、1948年6月首都全体を支配しようとするスターリンが西ベルリンを通じる道を完全封鎖。200万人に上る西ベルリン市民の生活を支えるために米英がソ連の絶えない妨害と事故を乗り越え、1年に渡って、28万回230万トンの物資を空路から輸送しました。
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↑ 着陸するC-54とそれを見上げる子供たち(当時の米軍資料)
20140720P1010290_m.jpg平均して1日に1000機、1分に1機の離着陸。1949年、ソ連はとうとう失敗を認め封鎖を解除。ベルリン大空輸は西ベルリンを支えただけではなく、のちに大型輸送機の開発と航空管制システムの発展にも大きく貢献しました。

博物館の入口
60年代のアパートになっています。

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↑ 13世紀から町の拡大の様子       ↑ プロイセン時代の軍服
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18世紀から工業革命
60年代家庭の様子
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西ベルリン                     東ベルリン

この博物館は13世紀町の誕生から壁の崩壊までの800年の歴史を模型で再現していて、とても分かりやすかったです。ほとんどの場所は自由見学ですが、地下の核シェルターだけはガイドツアーのみとなっています。もちろんチケットはツアー込みの料金。私たちは12時のツアーに参加。案内してくれたのはスイス人の可愛い女の子。永世中立国のスイスでは各家庭に核シェルターの設置が義務付けられています。
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3段ベッド、稼働中は常時青の非常灯      フラッシュで撮影
このシェルターは3600人を収容でき、つねに14日分の食料と水が備蓄されていたそうです。
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施設の中央部分は居住区、周りはトイレ、医務室、通信室、発電機等の施設があります。もちろん出入り口には洗浄設備のついたシャワールームがあり、またシェルター内部の気圧が外部より高くなるように気圧調整もされています。
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コントロール室 唯一地上と連絡が取れる場所   発電機
20140720P1010326.jpg記憶は定かではありませんが、出入り口のシャワー室をコントロールする配電盤だったような気がします。

冷戦時代、西ベルリンには16個のシェルターがありましたが、壁が崩壊した後ほとんど壊されたそうです。収容人数は2万4000人、当時西ベルリン総人口の1%にすぎません。

冷戦の緊張感を十分に感じさせられたツアーでした。

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